久しぶりに日本人の描く絵を見たいと思った。日本人画家の作品は掛軸や屏風とは切っても切り離せない。絵画と外郭は合わせて鑑賞されるべき物だ。下村観山はそれこそ何処にでも描いた。とにかく凄まじく沢山描いた。そのほとんどの絵が集められ、展示された。これこそ、今私が観たかった物だ。
日本絵画を知りたかったら下村観山を見ろ。何故なら、日本絵画の終着点が下村観山の絵にはあるからだ。《木の間の秋》を見てみよう。背景が黄金に鈍く光り、いろいろな色の木が真っ直ぐに立っている。林の合間には葉脈のはっきりした野草が勢いよく描かれている。春蘭、やまぶどうの蔓、百合など日本画によく登場する素材だ。光の変化による色彩の移ろいが巧みに表現されていて見事だ。《毘沙門天、弁財天》は、鮮やかな金色の屛風が下地だ。毘沙門天と弁財天がお馴染みの鮮やかな色彩の衣装を纏って描かれている。空間の使い方が贅沢で見事だ。そして執拗なまでに細密さへの拘りが観られる。会場では拡大鏡のレンタルが行われていた。私は全体を俯瞰して見る方が好きなで遠慮したが、拡大して見たくなる気持ちもわかる。それほどまでにどの絵も細密なのだ。
観山は実に多くの人物画を描いている。どれも、静かで自然な佇まいだ。自身の性格の表れなのかと想像を膨らませた。ラファエロの《木椅子の聖母》の模写やモナリザの顔など何でもござれと言わんばかり。人物画は得意かつ好きとお見受けした。
また、観山は国の援助でイギリスに渡り西洋美術を学んでいる。渡航前と後では色使いや輪郭の描き方が変わったと感じた。後に中国の水墨画の模写にも取り組んでいる。そして、西洋と中国を融合させ日本近代美術の終着点を世に示した。




